錬金術師の隠れ家

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漫画評:茶番の皮を被った英雄譚。伊藤いづも『まちカドまぞく』(2014〜)

 

 

 

 

 本作は一見すると、『天体戦士サンレッド』(2005〜2015)のような「なんちゃって勧善懲悪もの」(論者の造語)のようにみえる。『天体戦士サンレッド』は正義のヒーローが悪の組織をやっつけるという図式を逆転させて、悪の組織がその実いい人たちの集まりなのに対し、正義のヒーローがむしろチンピラで怖いという構図をとり、ヒーローのサンレッドというよりは敵役のヴァンプ将軍が日常生活を送る描写がメインとなっている。『まちカドまぞく』もまた、光の魔法少女が闇の一族と戦って浄化するという魔法少女ものの図式を逆手にとり、第1話で闇の一族であることが判明する吉田優子=シャドウミストレス優子=シャミ子(別名が多い!)が身体能力脆弱でポンコツ、ライバルの魔法少女の千代田桃は作中最強レベルで筋肉マニアと、「単なる日常コメディの茶番ではないのか?」という認識を最初抱くことになるだろう。「これで勝ったと思うなよ!」と悪役のテンプレ台詞をシャミ子が放つのが毎回天丼として繰り返される。
 ところがこの茶番は第1巻の終盤、アニメ版では第1期第6話で覆される。シャミ子の意図しなかったこととはいえ、なんとシャミ子が桃を出し抜いて勝ってしまうのである。「これで勝ったよ思うなよ」はここでは桃の台詞である。そもそもシャミ子の固有能力は他人の夢に入り込んで介入することであり、『BLEACH』なら最強クラスの精神操作系である。要は戦闘のプロの千代田に対して、シャミ子は精神操作という搦め手で立ち向かえる余地があるのである。ここでわれわれは、シャミ子が桃に虐げられるだけの日常漫画であるという認識をやめ、高度な能力バトルが繰り広げられる可能性を本作に期待できるようになる。とはいえそうした能力をシャミ子がろくに扱えなかったり、扱えたにしても妙な方向で使用してしまうなど、コメディ方面で十分に魅力を発揮しているのが本作の醍醐味といえるだろう。
 さらに話が進むにつれ、本作はどうやら「茶番」では決してないことが分かるようになる。シャミ子の父親や先代魔法少女の千代田桜の秘密が明らかになることで、シャミ子は闇の一族のボスとしての使命を認識し、自分たちが暮らす街の平和を守ることを決意する。桃の陰りとシャミ子の奮い立つ勇気が、本作を単なる悪役キャラクターがただの日常を過ごす茶番から、桃や仲間たちとともにかけがえのない日常を守るために戦う英雄譚へと変貌させるのだ。