錬金術師の隠れ家

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百合姫に狂い咲くデカダンス まにお『きたない君がいちばんかわいい』(2019-2022)

あらすじ

瀬崎愛吏と花邑ひなこ。クラスではグループもカーストも違い接点のない二人だが、彼女たちには人には言えない秘密があった。それは、愛と打算と性癖に満ち溢れた少女たちの秘め事……
https://ichijin-plus.com/comics/2416091119671

 

 

 

 

書評(ネタバレ注意)

 神みたいな結末。いや悪魔か?
 ここでは『きたない君がいちばんかわいい』が一体何のジャンルに属するのかを考えてみたい。これは少し難しい問題である。まず百合ジャンルであることは間違いないが、ではサブジャンルはなんだろうか?第2巻を前後して作風が大きく変化していることに注意しよう。前半は筆者のネーミングだが「汚い高木さん」とでも言える作風だろう。つまり、二人の主要登場人物が、他の登場人物に隠れて妙な加虐・被虐関係にある行為を行い1話完結で話を進める作風といえる。もっとも、「からかい」程度では済まされないことも度々やっていて、それでここでは「汚い」と呼んでいる(タイトルにもある)。数々の変態プレイに昂じるカップルの姿を楽しむ作風といえる。
 ところで、前半はもう一つ、ある種のシチュエーションを内包する。エロ漫画における「他の者たちにバレそうになりながらセックスをする」というシチュエーションである。これはエロ漫画では結構定番のシチュエーションなのだが、注意すべき点がある。あくまで「バレそうになる」になるのであって、実際にはバレることは滅多にないということである。バレたらたいていセックスどころではなくなるし、他者に見られながらそれでもセックスを続行するのはどちらかというと公開プレイである。『きたない君がいちばんかわいい』も、誰もいなくなった教室や実習室で変態プレイに昂じ、「見られてたらどうしよう」と恐怖を覚えているあたりにそれを感じ取ることができる。
 ところが、後半からは作風がガラリと変わる。第1巻ラストに目撃者が現れ、第2巻を通じて秘密の暴露が行われてしまい、第3巻以降は愛吏のクラスでの孤立、引きこもり化が描かれ、もはや学校での変態プレイどころではなくなる。「人目を忍んで種々の快楽を味わう」というシチュエーションがなくなってしまったわけだ。変態プレイ自体は行われるものの、場所は愛吏の自室であり、人目を気にする必要は全くなくなる。というか行われるようになったのは初期にあったレパートリー豊かな変態プレイではなくて、ただのセックスである。盗撮を行う第三者が現れるものの、ひなこにすぐ気づかれてしまい、プライバシーはだいたい守られ、それどころか愛吏を人間不信に陥らせひなこに依存させるための材料にさせられてしまう。「変態プレイの博覧会」のようなものを期待していた読者からすると、ひょっとしたらつまらないものになったかもしれない。


 『きたかわ』後半で描かれるのは、愛吏の破滅、クラス内カーストの天変、ひなことの関係の逆転、そして逃避行の行く末の無理心中である。一言でいうと「デカダン」だろう。
 愛吏を扼殺した末にひなこもまた凍死するラストは、前半との違いを明確に印象づける。前半に見られた首絞めプレイはあくまで「プレイ」であった。虐げながらも相手に対する尊重、あるいは妥協があったからこそ殺さずにプレイで済ますのである。だが最後ひなこは愛吏を本当に絞め殺してしまう。生命の尽きかける愛吏にひなこは本物の愛情を注ぎ、自分を絞め殺すひなこの姿をみた愛吏の事切れる寸前の脳裏には「きれい」という言葉が浮かぶ。単なるごっこ遊びには本物の美はない、死にゆき、殺し、破滅する瞬間が「いちばんかわいい」のだというデカダン美学が、二人の愚かな人間を対比させる形で見事に表現されているのだ。