錬金術師の隠れ家

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なぜ新条アカネは男子大学生たちにブチ切れたのかーーアニメキャラクターの「性」の尊重を目指す

 本稿では、2018年10月から放送中のテレビアニメ『SSSS.GRIDMAN』における敵ヒロイン新条アカネの行動の動機と、それに対する集合体としての視聴者の反応の間にある違和感について探ってみたい。

 

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 新条アカネの行動というのは、第4話にて、クラスメイトのなみことはっすに誘われて、かつて親友だった宝多六花と一緒に配信主の男子大学生たちと合コンに行ったときに起こった。グリッドマンのことについて何か知っていないか六花に探りを入れようとそばに座るも、男子大学生たちに声をかけられ邪魔をされる。それを払いのけてまた接近を試みるも、今度は身体を寄せられるスキンシップをされ、おまけにSNSアイコンの(ウルトラマンティガに登場した)レギュラン星人、あるいはダイナのヅウォーカ将軍(カラーリング的にこちらの方が濃厚であるので、以降はヅウォーカ将軍ということにしておこう)のアイコンをお馴染みのバルタン星人と勘違いされ、ついに逆上して帰ろうとする、というものである。その後、エレベーター内で「マジ最悪」と本心を吐露し、帰ったら即怪獣の人形を作成して謎の存在アレクシスに巨大化、生体化をしてもらい、怪獣を使って男子大学生たちを殺害しようとする。


 本作を見たことのない人からしたら、「なんて下らない理由で人を殺すんだ!」と驚愕することだろう。実際、アカネの行動動機は滅茶苦茶で、1話では主人公の響裕太にスペシャルサンドをあげようとしたときにクラスメイトの問川にボールを間違ってぶつけられた腹いせに、問川をほかのクラスメイトもろとも殺害してしまい、2話ではグリッドマンについて考え事をしていたときに歩きスマホをしてぶつかって謝らなかった担任を殺害しようとする。些細なストレスを動機に平然と人を殺す彼女の幼稚さや狂気は、我々に一種の恐怖やカタルシスを覚えさせるだろう。だが、4話での行動の動機には、(グリッドマン本人を直接ターゲットとした3話は例外として)1話や2話のとはどこか異質なところがあるような気がするのである。いや、むしろ1話や2話とある程度共通するも、妙に生々しい感覚が存在しているのである。このことは、ツイッター上の視聴者たちの反応と対照的な印象があった。

 

3種類の動機

 まず、殺害の原因となった出来事が少し分かりにくい。今回の動機は①会話を邪魔される②身体的スキンシップをとられる③アイコンをバルタン星人と間違えられる、と複合的な要因によって成り立っており、どれが決定的要因なのか判別しづらいのである。そして、どの理由をとってみてもアカネを怒らせるのに十分なように思われる。①②③のそれぞれの動機を詳しく検討してみよう。


 ①は、1話や2話の動機を参照してみると分かりやすい。アカネが響にサンドをあげる行動や、グリッドマンについての思弁、そして六花への探り入れと、ことごとくアカネ自身の行動が他人によって邪魔されたことが殺害の動機となっている。そう考えてみると、先に「例外」と位置づけた3話でのグリッドマンへの直接攻撃も、これらと同じ「自分の行動を邪魔されたこと」という動機によるものとみなすことができるだろう。


 ②は後回しにして、③を考察してみよう。オタクの人々にとってこれはとても分かりやすかったのではないだろうか。自分の趣味をにわかによって有名な別物と勘違いされるのはいい気分にはならない。どうみても違うのにヅウォーカ将軍をバルタン星人に間違えられるのはオタクとしての誇りが傷つく、そんな奴らぶっ殺してしまえ、そんな「共感」を覚えた人は多いようだ。


 しかし、見逃してはならないのは②である。アカネは男子大学生たちに何の興味もないのである。ただ、グリッドマンのことについて六花に探りを入れる目的で会合に参加し、六花が参加するのに任せていただけである。それにもかかわらず、男子大学生たちに執拗に言い寄られるのはとてもいい気分ではなかろう。


 念のため、男子大学生たちの名誉のために断っておくと、彼らはアカネと六花の思惑など知らないのであり、なみこやはっすと同じく自分たちに興味があるものと思い込んでいるのである。実際に会いに来ているのだし勘違いして肩を寄せる程度のスキンシップをとっても、特に責められるようなことではなかろうとも思われる。


 だがしかし、肩を寄せられたときのアカネの反応をちゃんとみて欲しい。ギョッとするように目を開いているのがわかるが、このときのアカネの像は魚眼レンズで撮ったかのような歪んだ映し方がされているのが分かる。

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(上:4話   下:2話)

 この演出は、2話の担任にぶつけられたときと同じである。つまり、2話のシーンと同様に魚眼レンズによって彼女の歪んだ内面が映し出されるここのシーンの出来事が殺害の動機として決定打となった、とも読み取れるのである。考えてみると、「異性との不本意接触」という点でも2話と共通していたりする。新条アカネは、軽度とはいえ他者による身体領域の侵犯が殺人へと結びついてしまう、繊細な感性の持ち主だとも言えるのである。


 以上①から③を整理してみると、


①行為の侵害
②身体の侵害
③自尊心の侵害


となるだろう。そして、①と②はそれ以前の回でも確認することができる。これらが複合して、今回の怪獣イベントの原因となった、ということができる。


 そして、この中でも②が、殺害の決定的な動機となったことは魚眼レンズの演出や直後の不快な表情から強く推測される。2話でも接触はあったとはいえ、今回しつこくスキンシップを迫られたことはアカネには相当苦痛だったのだろう*1


視聴者の反応

 で、興味を抱いたのはこのシーンだけでなく、このシーンをみた視聴者の反応である。ツイッターでは主に、②身体の侵害ではなく、③自尊心の侵害が決定的要因として解釈される、という事態が起こったのである。アイコンの画像と一緒に『刃牙』の「オイオイオイ 死ぬわアイツ」で有名な1コマが貼られたり、#アカネちゃんも怪獣をけしかける一言  というハッシュタグが作成されかなりの数の投稿が認められることからもその様子は窺える。


 こう解釈された理由は、そのあまりの分かりやすさにあるだろう。先ほども述べたように、非オタクから自分のオタク趣味を適当な知見で語られるということはいい気分にならない。こうした「オタクあるある」が共感を呼び、ネット上でもネタとなっていったように思える。当然、アカネの怪獣をけしかける動機としても解釈されている。


 それに、「オタクの自尊心を蹂躙したリア充が怪獣に殺される」という展開には、内心スッキリした気分になったオタクも多いことだろう。怪獣というフィクションの醍醐味は「破壊」にある。怪獣によって変わり映えしない日常の街並みが破壊されたり、気に食わない人間が殺されたりする展開は、勿論不快に思う人もいるだろうが、一部の人々には強い快感をもたらす。現実世界で受けている抑圧が、フィクションのなかで破壊衝動として発散されるからである。オタクの受ける理不尽な仕打ちに対して、同じオタクのアカネちゃんが仕返ししてくれたのだ!というダークヒロイズムを感じ取った人も多かったことだろう。


 だが一方、アカネが怪獣をけしかけた動機の一部としての①行動の侵害や②身体の侵害に対する考察はあまり見られない。アカネの本来の目的を邪魔されているのだし、2話と共通する演出をみても肩を寄せてきた時点で決定的にブチ切れていることが分かる。しかし、話の流れや印象的な演出が絡んでくるにもかかわらず、探りを邪魔され、身体に触れられたアカネの心情に言及するのはほとんど見かけられなかった。これは一体どういうことなのだろうか。


 一つには、単に①と②が地味にみえるということだろう。会話を邪魔されたことに対するアカネの反応はわかりにくいし、接触されたシーンはほんの一瞬だけしか描かれない。それよりは、アイコンのシーンと、直後の顔を隠し不快感に襲われながら小声で「マジなんなのこのおっさん」と囁くシーンの方が、尺が多くとられている。ちょうどアイコンにまつわる大学生たちの会話と不快感を呈するシーンが重なるため、アイコンのシーンと動機づけのシーンに因果関係がこちらの認識において見いだされ、先にあった出来事は案外意識されないのかもしれない。


 そして、もう一つ決定的な要因はおそらくわれわれ視聴者の認識のうちにありそうだ。すなわち、自身のテリトリーに他者が侵入してくることへのアカネの嫌悪感を、われわれが全く理解しようとしなかったからなのではないだろうか。視聴者の多くがオタクとしての自尊心に強い共感を寄せている割には、彼らからは「興味のない異性から身体的にスキンシップを図られることは、不快なことである」という視点があまりに抜け落ちているような気がするのである。


 これは「性に対する感覚の無共有」とでも言い換えられるだろう。本回は予告の段階で、六花とアカネが男子大学生たちと遊びに行くという、いかにもなエロ同人誌の導入パターンを想像させる内容だったので、やらしい妄想を逞しくしたり、また(作中の響のように)危惧を覚えたりする人が多かった。実際に放映されてみても、学校内で出会い系SNSへの注意やエイズ検査のポスターが張り出されていたあたり、本回は性的な事象にまとわりつかれていることは明らかである。端的にいうと本回は「性」が主題の回である。だがそれにもかかわらず、多くの視聴者が性的事柄を想像する一方で、実際に彼女たちが感じた「言い寄られて迷惑だ」とか「身体に触れられて甚だしく不快だ」という感覚に注意が寄せられることはまるでなかった。彼女たちの性への興味はあるのに、彼女たちの性への理解がないのである。 誤解を承知で言えば、男性オタクの性的視線では女性キャラクターの性的実感を本当の意味で理解することができないのである*2。これでは、アカネに怪獣をけしかけられる男子大学生たちと同じである。


 生理的嫌悪感ではなくてアイコンを間違われたことの方が決定的要因なのでは、という解釈もありうるだろう。だが、一人エレベーターのなかで「マジ最悪」と吐露されるセリフからは、プライドだけでなく生理的嫌悪感もにじみ出ているようだった*3。キャラクターに寄り添って理解することがファンの役目なのだとすれば、彼女の目的意識や生理感覚にも目を向け、尊重してやらなくてはならないのではないだろうか。 


個人的反省

 このように、集合体としてのオタクには、アニメの中で起こった出来事を性に関してバイアスがかって見ることが確認された。ところでこれは、私事ではあるが、まさしく私自身がおかした過ちでもある。私自身、バルタン星人に引き摺られてアカネのプライバシー感覚を理解できてやれなかった人間の一人である。


 本件について私が強く反省を覚えるのは、10年ほど前に同じようなシーンを見たことがあったからである。漫画『鋼の錬金術師』の17巻に収録されている68話にて、オリヴィエ・ミラ・アームストロング少将が敵のレイヴン中将に探りを入れるシーンがある。そこで、少将が突如「ぶった斬って しまいたい!!!!」と内心怒りを露わにするのである。最初読んだとき、私にはなぜ少将がキレているのか分からなかった。だが、69話のホステスによる助平で傲慢だというレイヴン中将の悪評を聞いて、当のシーンの意味を理解した。中将に手を握られたことにキレていたのである。上の立場を利用して異性の手を握ってくるのはセクハラ以外の何物でもないのだが、それを一目で理解できなかったことに私は一度反省を覚えたのだった。


 今回もまた、女性キャラクターの生理的な嫌悪感を理解することができなかった自分の読解の未熟さを覚えている。作品やキャラクターに接近するためには、単に共感したり、読みたいように読んだりするだけでは不十分で、自分とは異なる存在が感じ取る不快感をも理解する必要もあるということである。

 

 

 



*1:付記その1:見逃していたのだが、今回生み出された怪獣の攻撃の仕方も関係があるのでは、という指摘が数多くあった。触手で相手を搦めとる攻撃を行うというのは、そのままアカネが身体を触られたことの不快感や復讐心を表している、というものである。重要な着眼点だが、あとで気付いたことなので注釈として触れておくことにする。

*2:付記その2:何の因果か、本稿をあげる2時間ほど前に、にゃるら氏によって同じく4話の新条アカネについて書かれた記事が上がっていた( http://nyalra.hatenablog.com/entry/2018/10/30/232338 )。そこで取り上げられている内容は、まさに本稿でとりあげた③に関係する事柄で、オタクは新条アカネのことを分かってあげられる、という身勝手な思いを抱いてしまう、というものだった。もちろんアカネが感じ取った身体接触の不快感についての言及はないのだが、本稿で語っていることとは表と裏の関係にあるのだろう。「こんなに、こんなにも「ここに自分が居たら彼女を喜ばせることができたのに」とオタクの身勝手な妄想を、自分でも、いやオタクな自分だからこそ相手してもらえると勝手に思い込んでしまうヒロインが居ていいのか。」

*3:付記その3:先に付記その1で挙げた触手による怪獣の攻撃も、身体へのしつこい「絡み」を怒りの源であるとする解釈を傍証するであろう。