錬金術師の隠れ家

書評など。キーワード:フランス科学認識論、百合、鬼頭明里 https://twitter.com/phanomenologist

書評:『鬼頭明里1st写真集 Love Route』

名古屋の申し子

 鬼頭明里は2014年の7月にデビューしてからわずか5年で人気声優の座に君臨した。デビュー作の『六畳間の侵略者!?』にていきなり名前付きの役をもらい、2016年には往年の名作のリメイク作品『タイムボカン24』の主役に抜擢される。2017年9月からはラブライブシリーズの新企画『虹ヶ咲スクールアイドル同好会』のメンバー近江彼方を務め、2019年の1stライブと2020年のラブライブフェスで数万の観客の前で、穏やかながらも音程の正確な歌声と、彼方の魅力を存分に表現したダンスを披露することになった。評価を確立させたのは、アニメ『鬼滅の刃』において主人公の妹である竈門禰豆子を演じたことによる。少年ジャンプというブランドの期待を背負い、他のキャストは花江夏樹櫻井孝宏をはじめとする経歴の長い超豪華声優に囲まれたなかで、言葉を発することのできずうめき声や叫び声でしか表現することのできないという難しい役柄にもかかわらず、彼女はそれを見事に演じっ切ったのである。2019年は他にも『私に天使が舞い降りた!』や『まちカドまぞく』といったレギュラー作品が人気を得たという経緯もあり、「2019年に一番活躍したと思う女性声優」の第1位に選ばれた( https://animeanime.jp/article/2019/12/29/50657.html )。
 2019年の誕生日である10月16日には1stシングルが発売となり、また非常に高いイラストレーションの技術を時折披露しており、和泉つばすにその実力を認められるほどである( https://twitter.com/tsubasu_izumi/status/664802109057929216 )。このように声優だけでなく歌手やイラストにおける活動もさかんなあかりんであるが、2020年1月31日には初の写真集が発売された。本記事はその写真集についての書評である。
 
 ところで「声優が写真集を出す」ことについて奇妙に感じる人も多いかもしれない。確かに声優の本業はアニメやゲームに声をあてることであり、グラビア撮影は副次的でしかない。しかし、ここ近年の声優業界の盛り上がりとともに、配信やライブなどの形で声優の活動の幅が広がっており、写真集を出す声優が増えたことは事実である。例えば、逢田梨香子の写真集は2.8万部を超える発行部数の大ヒットを記録している( https://mantan-web.jp/article/20180725dog00m200042000c.html )。
 人気の高まりにつれてファンが写真集を望むようになったこと、声に限らない自己表現の手段として写真に訴えようという意識が高まっていったことが、声優による写真集の刊行増加の背景にあると考えられる。私としては声優本人の「自己表現」の手段として写真集をみなし、その観点から本書をレビューしてみたいと思う。
 

 

鬼頭明里1st写真集 Love Route

鬼頭明里1st写真集 Love Route

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 秋田書店
  • 発売日: 2020/01/31
  • メディア: 大型本
 

 

本人のスタンス

 まず、「自己表現」を分析するからには、あかりん自身がどのように自己規定しているか、それをちょっと調べてみよう。上述のようにめまぐるしい活躍をしている鬼頭明里であるが、彼女のモットーは「ゆるい感じで」である。これはツイッターのbioに書かれているものだが、彼女のフォロワー数が20万を超えたときも同じコメントをしていること、ラジオでも同じ言及があることからも、彼女自身の声優生活そのものの方針であると推測される。自身の仕事の多忙さと人気の高まりに反して、本人はどこかマイペースを貫きたいという願望がどこか感じ取れるようである。現にツイッター上では仲の良い和氣あず未春野杏と遊びに行った報告を何度も上げていたり、男性オタクからはあまり受けのよくなさそうな化粧品の写真を上げていたりしている。また、自己実現を図るために両親にたよることなく、自分でアルバイトをして資金を貯めて活動するなど、自分で考えて行動する責任感の強さもみられる。どこか自由な生き方と責任感の強さが彼女らしさであり、また魅力であるとも考えられる。
 

写真集の形式

 他方で、本人の意志と出版社の意向、読者の望むものは必ずしも一致しない。特に写真集にあたっては単にバラバラに写真を収めるのでなく、テーマを設定して書物としての統一感を出さなくてはならない。本書のテーマについてはインタビューのページに記述があり、「あかりんが住んでいた街から旅立ち、夢を追い、そして愛する人と結ばれる、という自分探しの旅」がテーマであることが分かる。サブタイトルには「ROUTE 16」というように日米の国道の名称が使用されており、(実際はすべて国内で撮影したものであるものの)旅する感じがよく表されている。「自分探しの旅」というのは、本人の自由気ままな生き方を表現するのになかなかよいテーマ設定であると考えられる。
 
 だが他方で、「愛する人と結ばれる」という、端的に「結婚」のモチーフも本書には出てくる。正直、これは「自分探しの旅」のイメージにまるで合う気がしない。「結婚」は一方で愛する人と結ばれる幸福とみなされる一方で、「結婚は人生の墓場」という言葉もあるように、己の自由を強く束縛してしまう制度的装置でもある。まして、現代日本の女性は依然家事や子育てを引き受けさせられることが統計的にも明らかである( https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000200711.html )。「結婚」は「自分探しの旅」の本義であるところの自由の発露を、まさに自由からの逃走のような形で溝に捨ててしまいかねないのである。
 なぜこのような表現が採用されたのかについてはまあ想像がつく。ウェディングドレスを見たい、着たいというファンや本人、編集者の願望である。実際ウェディングドレスを着ているあかりんの姿は大変美しかった。しかし、「ウェディングドレス」こそは、「美しさ」を根拠にすることで制度的強制を正当化する美学イデオロギーの典型である。本書にはこうした制度を撹乱するような表現があるわけではなく、「結婚こそ人生のクライマックスである」という、1960年代末までの少女漫画にありがちだった陳腐なロマンティック・ラブ・イデオロギーを打ち出してくるのはどこか虚しさが感じられる。ゆえに、写真集を鑑賞して楽しむのはいいにしても、表現のこうしたイデオロギー性について一定の留保をとらなくてはならない。
 

ツッコミどころ

 それぞれの写真をみていっても、どこかツッコミどころが多い。まず、最初のページで提示される写真は、横浜中華街でのチャイナ服である。これはいくらなんでも安直すぎる気がする。コスプレ写真集なら良いのかもしれないが、本作に出てくるコスプレ・非普段着はチャイナ服とウェディングドレス、それに最後の方のページの『声優パラダイスR』の未公開カット集だけで、大半は普段着である。本書は旅による自己表現がテーマであるにもかかわらず、旅の最初にチャイナ服、最後にウェディングドレスというのでは、先に述べた理由もあり、どこかちぐはぐに感じてしまう。
 とはいえ、あかりんの経歴を追っていくとチャイナ服にもそれなりの意味があるようである。あかりんの高校卒業後アルバイト先はラーメン屋であり、その経験をしばし語っている。「特技はラーメンの湯切り」という語りをすることもしばしばである。それを踏まえると活動初期を振り返るという意味で中華街でのチャイナ服にも意味が見いだせるとは思う。浮いている感じはどこか否めないが。
 
 また、アコースティックギターを弾いている場面もあるのだが、これは意図が謎である。インタビューでも述べているがあかりんはギターは弾けない。現に写真をみても左手指が弦がきちんと押さえていない。これもあかりんらしさを表現したものとはいえないと思われる。撮影するにしても弦をきちんと押さえるよう指導してよかったはずである。また、サブタイトルは「Route246:Another State-Lifework」となっている。あかりんにとりギターは特にライフワークではないというだけでなく、そもそも国道246号線の近くで撮影しているにもかかわらず「Another State」は明らかにおかしい。誤植であると思われる。
 
 本書に見られる違和感を払拭するには、「本書は鬼頭明里本人ではなく、鬼頭明里が誰かを演じた写真集である」と解釈すると整合がつく。例えば最初のチャイナのカットのサブタイトルは「ROUTE 16:Family Business[家業]」であるが、鬼頭家は別にラーメン屋ではない。あかりんが演じる横浜中華街生まれの誰かが太平洋の海岸線やアメリカを旅をして、やがて恋人にプロポーズされて結婚する、という話になっているとするのである。もちろんこうすると、本書は鬼頭明里の自己表現の書ではなくなってしまい、致命的である。ではどこにあかりんらしさを求めるべきであろうか。
 

鬼頭明里の自己表現

 先にも触れたように、あかりんはファンションに強い関心を抱いている。実際、選ばれた普段着のセレクションにそれが強く現れている。
 あかりんが特に気に入ってるのは、再度中華街のシーンに来たときに普段着として撮影した Lily Brown の花柄刺繍のネイビーのワンピースである。Lily Brown はあかりんのお気に入りのブランドで、撮影時には気分が上がったという。花は花びらや葉の形からしてアオイだろうか。アオイは太陽に向かって咲くことから「大望」の花言葉があるという。花言葉の恣意性を差し置いても、葉や花びらをうんと広げて咲くアオイのイメージはあかりんにとても良く似合う。2020年のトレンドカラーはクラシックブルーであり、それを意識しているのかもしれない。ネイビーの地にくっきりと浮き出る白の花模様は彼女の強い自己主張を思わせるようである。またタピオカドリンクを携帯しての撮影で、イマドキ感がとてもあかりんらしい。
 
 旅先をイメージした屋内でのメイクアップのシーンも彼女らしさをうかがわせる。あかりんは化粧品の写真をよく投稿しているが、連写のような形でメイクアップの様子を見られるのは写真集というメディアの形式ならではである。欲を言えば何のブランドを使っているかを知りたいものである。フラミンゴ柄の紺色のホットパンツやヴィヴィッドな赤色の可愛らしいノースリーブシャツは、旅先の宿泊部屋にて、慣れない土地に心浮かれながら部屋着でくつろぐ心情を表現しているようである。
 
 白色のワンピースの写真や、白色のパーカーを着ている写真は彼女の飾らないラフさがよく現れている。サイン会のレポートによると、白色のパーカーが参加者にとり一番人気があったという。男性ファンからはその素朴さが受けたのだと思われるが、あかりんのファッショナブルな側面を考慮すると先の Lily Brown のワンピースや部屋着の方が彼女の本質に迫っているとは思う。
 
 本書では赤2着、白3着(+ウェディングドレス)、紺2着と似たような色合いの服装がけっこう出てくるのだが、それにもかかわらず違うものを表現してみせているのは、彼女の魅力によるものか、スタイリストやカメラマンの腕によるものか。
 「自己表現」という観点からすると、巻末や裏表紙の彼女のイラストが載っていることもポイントが高いといえるだろう。
 

将来への望み

 総じて、形式面において色々とツッコミどころはあるものの、服飾のセンスに気を配ってみると、鬼頭明里の「自分らしさ」というものがよく垣間見えるように思われる。被写体は神の可愛らしさであり、また普段着のセレクトセンスがよい。鬼頭明里らしさを発見したり再確認したり、あるいはおしゃれな写真を鑑賞したりするには買って損はないと思われる。4000円と写真集にしては少々高いが。
 もし旅を自分で計画するとしたら「海外旅行に行きたい」というのが彼女の望みだそうだ。もし写真集の第二弾が出るとしたら、ぜひとも彼女の望みが実現されるような内容になって欲しいものだ
 

 

鬼頭明里2ndシングル「Desire Again」[初回限定盤]

鬼頭明里2ndシングル「Desire Again」[初回限定盤]