錬金術師の隠れ家

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書評:コダマナオコ 『親がうるさいので後輩(♀)と偽装結婚してみた。』(2018)

 『親がうるさいので後輩(♀)と偽装結婚してみた。』(2018、全1巻。以下、『偽装結婚』とする)は、昨今のラノベのごとくタイトルがその展開を物語っている。厳しい家庭環境に育てられた主人公の真知が、レズビアンの後輩の花の口車に載せられ、渋谷区で制度化されているパートナシップ制度を使って結婚を迫る両親を諦めさせようという作戦を展開する話である。仕事一筋で結婚に興味がなかった真知にとり、最初は見せかけだけの結婚生活ではあったのだが、共同生活をすすめるうちに互いのことを知り段々と心を近づけていく*1

 

 


 作者のコダマナオコは、自身の作品を「光のコダマナオコ」と「闇のコダマナオコ」のふたつに分類している。後者の代表は「不自由セカイ」とアニメ化もした「捏造トラップ」であろう。男性によるレイプやDVというショッキングな題材を扱っているので当然ではある。だが一方で明るくてほんのりエロスの混じる「光」のはずの作品であっても、どこか重たいものを感じることがある。『偽装結婚』は「光」ではあるが、描いているものは異性との結婚を迫る親の圧力であったり、どうせ寿退社するからと重要な案件を女性社員に任せられないという空気であったりと、現代日本社会にごく「ありふれた重圧」が当然のようにそこに存在している。何を当然のことを、という人もいるだろうが、コメディ系の百合漫画作品ではそうした強制的異性愛やそれに伴う女性差別は、読んでいて負担になることからあえて排除していることが多いため、こうしたありふれた重圧をごく当然のものとして描く百合漫画作品はむしろ結構珍しいのだ。

 個人的に興味深かったのはクライマックスのシーンである。親の言いなりだった真知が初めて親に啖呵を切るシーンこそが主人公の成長を示す本作の絶頂点である!……かと思ったのだが、その直後の花との会話ですれ違いが生じてしまう。なんのことはない、花との居心地のいい結婚生活を経て「結婚も悪くない」と口にしただけだったのだが、花はそれを異性との結婚のことだと捉えて勝手にショックに浸るのだ。かつて恋した相手にここぞとばかりに結婚を迫ったくせに、である。ここのところが妙にリアルで、抑圧からの解放に前向きに見せかけつつも、その実ふとした拍子に自らに内面化された抑圧に苦しんでしまうという展開には、社会や他人に対し傍若無人に振る舞う強さを保持できない生きづらさ、とでもいうようなものが表現されていたように思う。

 だが本作は「光」であることは忘れてはならない。親という障害やすれ違いを乗り越えて本当のカップルになっていくのだから。定番の展開ではあるが、現実の女性の生きづらさをあえて引き受けて表現し、最近の渋谷区のパートナシップ制度の制定といった2018年当時の出来事もうまく取り込むことで、現実的な障害を乗り越えて自分たちの生活を作っていこうという強い気概を感じることになる。重い現実をうまく乗り越えていこうという主人公二人の姿に、元気づけられる読者も多いのではないか。

*1:なお、パートナシップ制度は結婚制度と同一のものとみなすのは色々と問題があるのだが、ここではあえて同一のものとみなした。現実に制度化されているものを利用して現実に抵抗する、という点が本作を読む上で大事だと思ったからだ。もちろん同性同士の共同生活を「結婚」やそれに類する公共制度に取り込んでいいのか、という問題もあるのだが、ここではひとまず括弧にくくっておいた。